2003/03/03

-第5作- 神学校で学ぶこと

野村卓一

少し、親としての視点に偏っていたので、今回は、神学生の視点で書いてみたいと思います。私が学んでいる神学校では、以下のような科目を学びます。

【旧約学】

ヘブル語、アラム語、旧約通論、緒論、研究、神学、釈義、各書、歴史地理

【新約学】

中間時代史、ギリシャ語、新約通論、緒論、研究、神学、釈義、各書

【組織神学】

序論、神論、キリスト論、人間論、終末論、救済論、聖書解釈学、現代神学、弁証論

【歴史神学】

教派の歴史と神学、教会史、宣教史、日本キリスト教史

【実践神学】

説教理論・演習、牧会学、教会音楽、賛美歌学、教会音楽実習、礼拝学、キリスト教倫理学、宣教学、キリスト教教育学、伝道実習、実践神学特講

【その他】

日本語、神学英語、神学ドイツ語、論文講習、論文演習、卒業論文・研究

これらは学びの具体的内容です。それでは、実際に神学生に求められている学びとは何でしょう。神学校の要覧には、「聖書に基づく健全な霊的訓練と教育を与えること」が目的としてあげられています。「霊的訓練」とは抽象的ですが、つまり、単位取得だけが学びのすべてではないのです。

現実には、授業が中心にあって、レポートやテストに日々追われますが、さらに研修生会という学生組織があり、そこでは研修生生活に関わる係分担があります。因みに私は今、厚生係と広報係です。家に帰れば、家庭での役割があります。因みに、私は、家に帰ると、子どもの世話をし、夕飯を食べ、お風呂に子どもを入れ、家庭礼拝をし、寝かせて、それから自分の勉強というリズムです。

実感として、その生活は結構大変です。どんなに勉強が大変でも、役割分担を後回しにして、勉強を最優先することを「当然」と言おうものなら生活は成り立ちません。もちろん、妻は配慮してくれますし、話し合い、調整していますが…。結局、勉強を中心にしつつも、実際の生活の中でこそ、聖書に基づく健全な霊的訓練がなされることが、神学生に求められる学びなのでしょう。

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