2003/07/20

聖霊の働き第一回「世に確信を与える」

牧師 鞭木由行

「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。」

ヨハネの福音書 16章7-8節

●今日の関心

今日、教会の中に聖霊についての関心が広まっていると言われます。しかし、人々は、超自然的な事柄の中に聖霊の働きを追求しようとします。それは、教会の歴史を通していつもあった現象です。しかし、私はもう一度、そのような働きに警告をしておきたい。聖霊の働きを超自然的な領域に求めて行くのは、聖書が本当に言っていることではない。18世紀、イギリスの大リバイバルを導いた「ジョン・ウェスレー」も、このような傾向に警告を発してこう言っている。

「次のことに注意することが必要である。教会の揺籃期においてさえも、神はこれらの賜物を控えめにしか与えなかった。いやしの賜物とか、異言とは、それらは1000人にひとりもいなかったであろう。聖霊が与えられたのは、このような尋常でない賜物を獲得することよりも、もっとすぐれた目的のためであった。・・・それゆえ聖霊の尋常でない賜物に関しての、もの好きな、不必要な詮議にあくせくすることを止めて、聖霊の通常の実について、もっと近づいてみよう。」ウェスレーの時代にも、同じ様な、聖霊についての誤った関心があったことがわかる。

私たちも、おなじような危険に脅かされている。しかし、聖霊は何のために与えられたのか。聖霊は何をなすお方なのか、聖霊の通常の働きは何なのか、正しい理解を得ることが必要です。

●聖霊は助け主

ここでは聖霊は「助け主」と呼ばれています。15章26節でもこう言っている。「私が父のもとから使わす助け主、即ち父から出る真理の御霊」。「助け主」は、ヨハネが聖霊を指すために用いた独特の言葉です。この「助け主」と訳された言葉は、色々に訳されています。英語の訳では「カウンセラー」です。私たちの内にカウンセラーを送っていてくださるのです。皆さんはそのお方のカウンセラーと自覚しているでしょうか。また新共同訳では「弁護者」という訳を用いています。味方となって弁護してくれる人、という意味です。

これの言葉を聞いたことがあるかも知れませんが、元はパラクレートスという言葉です。それは直訳するなら「そばに、隣に、呼ばれた者」ということになるでしょう。ですから、裁判の時の「弁護士」は、まさに被告人のそばに呼ばれます。そして、弁護して下さるのです。ヨハネの手紙1章2節ではそのような意味で使われています。「もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは義なるイエス・キリストです。」

ここでは、主イエスがパラクレートスと呼ばれています。これ以外は、全部聖霊を指すために使われています。このお方は、あなたを助け、弁護し、慰め、励ますお方です。すばらしいカウンセラーです。これこそ、ヨハネが与えた聖霊の定義でした。それは、主イエスが去ってしまうことで、悲観している弟子たちに対する大きな励ましだったのです。

●聖霊は誤りを認めさせる

その時、聖霊はどのような働きをするのでしょうか。主イエスが聖霊を遣わすとき、聖霊は何をなさるのでしょうか。8節に書いてあるように、聖霊の、おもな働きは、「3つの点に関して誤りを認めさせる」ことです。このことは、次回続けて考えたいと思っています。しかし、今日は、聖霊のおもになす働きは何か、そのことを改めて確認しておきたいのです。聖霊は、御子イエス・キリストの霊です。だから聖霊を遣わすのは、主イエスです。その方が、聖霊の中心的な働きが何か、を明らかにしたのです。主イエスは、異言を語らせるために聖霊を遣わそうとは考えていなかったし、主イエスご自身も異言を語りもしなかった。では何のためか。聖霊の働きは、罪と義とさばきについて、誤りを認めさせることだったのです。これが、主イエスの意図でした。

「誤りを認めさせる」とは、元々ひとつの言葉です。非常に訳しにくい言葉で、色々に訳されている。でもヘブル書12章5節は注目して良い。そこでは「確信」と訳されている。「信仰は、望んでいる事柄を保障し、目に見えないものを確信させるものです。」この「目に見えないものを『確信させる』」、これこそ、ここで使われている言葉なのです。罪と義とさばきについて確信させる、あやふやな理解に留まることではなくて、確信させる。それが聖霊の主たる働きだと、主イエスは言われた。そして、私たちは、教会の歴史を見るとき、それがどんなに真実であったかを知ることができる

●結論

教会の歴史を読んでください。教会はその最初から、いつも迫害の連続でした。弾圧、投獄、死刑の連続でした。そこに一見勝利はない。聖霊は奇跡的な力で人々を助け出すことはしなかった。しかし、多くの殉教者の語る言葉によって、その証によって、この世の人々を説得してきたのです。人々の心に罪と義とさばきについての確信を生み出すことによって働いてきたのです。だれも、それを打ち壊すことはできなかった。そうして、キリスト教会は2000年の歳月を経て全世界に広がっていった。そこに、聖霊の「確信を与える」働きがあるのです。

すでに、信じた私たちも、そのように聖霊によって確信を与えられたものです。今自分を罪人と確信し、主イエスを信じているのは、あなたの内に聖霊が働いていた何よりの証拠です。誰も聖霊によらなければ、イエスを主と告白することはできないからです。

どうぞ、そのお方が、自分の内に「助け主」としておられることに改めて目を向けていただきたい。そのお方は「カウンセラー」である。その方は、みことばを用いて、今日も私たちの内に確信を与えることで、働いている。それこそ、聖霊の通常の、恵みです。どうか、この恵みを無にしないで、頂きたい。確信を頂いて頂きたい。

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